【日語共讀】《我是貓》(05)
「吾輩は貓である」
皆さん、こんばんは。
今天繼續由主播チェルシー為大家帶來
夏目漱石的《我是貓》共讀。【日語共讀】《我是貓》(05)
我是貓05-
《我是貓》是日本作家夏目漱石創作的長篇小說,也是其代表作。這部作品寫於1904年至1906年9月,1905年1月起在《杜鵑》雜誌上連載,不久,編成上、中、下三冊出版。
夏目漱石為發泄多年鬱憤而寫成的長篇小說《我是貓》,淋漓盡致地反映了二十世紀初,日本中小資產階級的思想和生活,尖銳地揭露和批判了明治「文明開化」的資本主義社會。 這部作品是以一位窮教師家的貓為主人公,以這隻被擬人化的貓的視角來觀察人類的心理。這是一隻善於思索、有見識、富有正義感又具有文人氣質、但至死也沒有學會捕捉老鼠的貓。
この主人がどういう考になったものか吾輩の住み込んでから一月ばかり後(のち)のある月の月給日に、大きな包みを提(さ)げてあわただしく帰って來た。何を買って來たのかと思うと水彩絵具と毛筆とワットマンという紙で今日から謡や俳句をやめて絵をかく決心と見えた。果して翌日から當分の間というものは毎日毎日書斎で晝寢もしないで絵ばかりかいている。しかしそのかき上げたものを見ると何をかいたものやら誰にも鑑定がつかない。當人もあまり甘(うま)くないと思ったものか、ある日その友人で美學とかをやっている人が來た時に下(しも)のような話をしているのを聞いた。
這位主人不知打的什麼主意,咱家定居一個月後,正是他發薪水那天,他拎著個大包,慌慌張張地回到家來。你猜他買了些什麼?水彩畫具、毛筆和圖畫紙,似乎自今日起,放棄了謠曲和俳句,決心要學繪畫了。果然從第二天起,他好長時間都在書房裡不睡覺,只顧畫畫。然而,看他畫出的那些玩藝兒,誰也鑒別不出究竟畫的是些什麼。說不定他本人也覺得畫得太不成樣子,因此有一天,一位搞什麼美學的朋友來訪,只聽他有過下述一番談吐:
「どうも甘(うま)くかけないものだね。人のを見ると何でもないようだが自(みずか)ら筆をとって見ると今更(いまさら)のようにむずかしく感ずる」これは主人の述懐(じゅっかい)である。なるほど詐(いつわ)りのない処だ。彼の友は金縁の眼鏡越(めがねごし)に主人の顔を見ながら、「そう初めから上手にはかけないさ、第一室內の想像ばかりで畫(え)がかける訳のものではない。昔(むか)し以太利(イタリー)の大家アンドレア?デル?サルトが言った事がある。畫をかくなら何でも自然その物を寫せ。天に星辰(せいしん)あり。地に露華(ろか)あり。飛ぶに禽(とり)あり。走るに獣(けもの)あり。池に金魚あり。枯木(こぼく)に寒鴉(かんあ)あり。自然はこれ一幅の大活畫(だいかつが)なりと。どうだ君も畫らしい畫をかこうと思うならちと寫生をしたら」
「我怎麼也畫不好。看別人作畫,好像沒什麼了不起,可是自己一動筆,才痛感此道甚難哪!」
這便是主人的感慨。的確,此話不假。
主人的朋友透過金邊眼鏡瞧著他的臉說:
「是呀,不可能一開始就畫得好嘛。首先,不可能單憑坐在屋子裡空想就能夠畫出畫來,從前義大利畫家安德利亞曾說:『欲作畫者,莫過於描繪大自然。天有星辰,地有露華;飛者為禽,奔者為獸;池塘金魚,枯木寒鴉。大自然乃一巨幅畫冊也。』怎麼樣?假如你也想畫出像樣的畫來,畫點寫生畫如何?」
「へえアンドレア?デル?サルトがそんな事をいった事があるかい。ちっとも知らなかった。なるほどこりゃもっともだ。実にその通りだ」と主人は無暗(むやみ)に感心している。金縁の裏には嘲(あざ)けるような笑(わらい)が見えた。
「咦,安德利亞說過這樣的話?我還一點都不知道哩!不錯,說得對,的確如此!」
主人佩服得五體投地。而他朋友的金邊眼鏡里,卻流露出嘲奔的微笑。
その翌日吾輩は例のごとく椽側(えんがわ)に出て心持善く晝寢(ひるね)をしていたら、主人が例になく書斎から出て來て吾輩の後(うし)ろで何かしきりにやっている。ふと眼が覚(さ)めて何をしているかと一分(いちぶ)ばかり細目に眼をあけて見ると、彼は余念もなくアンドレア?デル?サルトを極(き)め込んでいる。吾輩はこの有様を見て覚えず失笑するのを禁じ得なかった。彼は彼の友に揶揄(やゆ)せられたる結果としてまず手初めに吾輩を寫生しつつあるのである。吾輩はすでに十分(じゅうぶん)寢た。欠伸(あくび)がしたくてたまらない。しかしせっかく主人が熱心に筆を執(と)っているのを動いては気の毒だと思って、じっと辛棒(しんぼう)しておった。彼は今吾輩の輪廓をかき上げて顔のあたりを色彩(いろど)っている。吾輩は自白する。吾輩は貓として決して上乗の出來ではない。背といい毛並といい顔の造作といいあえて他の貓に勝(まさ)るとは決して思っておらん。
翌日,咱家照例去檐廊美美地睡個午覺。不料,主人破例踱出書房,在咱家身後不知幹什麼,沒完沒了。咱家驀地醒了。為了查清主人在搞什麼名堂,眼睛張開一分寬的細縫。嗬!原來他一絲不苟地採納了安德利亞的建議。見他這般模樣,咱家不禁失聲大笑。他被朋友奚落一番之後,竟然拿咱家開刀,畫起咱家來了。咱家已經睡足,要打呵欠,忍也忍不住。不過,姑念難得主人潛心於握管揮毫,怎能忍心動身?於是,強忍住呵欠,一動不動。眼下他剛剛畫出咱家的輪廓,正給面部著色。坦率地說,身為一隻貓,咱家並非儀錶非凡,不論脊背、毛楂還是臉型,絕不敢奢望壓倒群貓。
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