日本漢字「渋」是怎麼來的?
「渋谷」、「渋い」的「渋」對應的中國漢字應為澀,可是為什麼字形上那麼像「涉」變形過去的。
「澀」有另一種寫法「澁」
日本的「渋」由「澁」而來,用「&> &<」替換相同部件同樣簡化方式常見的還有「摂(攝)」「塁(壘)」
中國的「澀」由「澀」去掉一份「刃+止」而來日本新字體用到「&> &<」的地方一定是兩個相同部件被省略除了上面「三個相同部件」取一個剩下兩個換成「&> &<」之外,成對的部件被省略也有以「&> &<」代替的,比如常見的「楽(樂)」所以「步」的下半部分不可能變成「&> &<」
略字:
Wikipedia略字- 「協」、「轟」、「澁」、「晶」、「聶」、「森」、「攝」、「壘」などの字は下の2つの同字の部分を4つの點に書き換えた略字もある。(例:「
[51]
」、「軣」、「渋」、「摂」、「塁」など
[52]
)また、「協」の字は4つの點を書き換えるのも畫數が同じでもある。尚、「堯」、「品」などは適用されない。「堯」は「垚(ギョウ)」の部分を「卉(キ?ケ?くさ)」に変えて「尭」にしたり、「品」は下の2つの「口」の部分を繋げた略字とする事になる。
「渋」という字體は1946(昭和21)年に制定された當用漢字で正式に規定されました。他の方が挙げているように、正字は「澀」で、それを一部略したものが「澁」です。この二つの文字は古くから使用例が多くあります。この「澁」をさらに略したものが「渋」ということになります。
當用漢字でこれと同じような略され方をした字には、「壘→塁」「攝→摂」「樂→楽」があります。つまり、同じ字がふたつあるところをちょんちょん4つで置き換えたわけです。
中國?漢の時代の漢字辭典である「説文解字」によると、「澀」のもとになった字である「歰」は、「止」という字が4つ集まってできたもので、「なめらかでない」ことを表します。それにさんずいをつけて「なめらかでない」味の水、つまり「しぶい」味を表すようになったと考えられます。
蛇足ですが、「澀」の字は中國大陸では「澀」と略されます。つまり「渋谷」は「澀谷」になります。この場合、ふたつある「刃(字形が違いますが)」と「止」のそれぞれひとつを省略しているわけです。同じ字から略字を作る際の方法が日本の場合とは異なっており、興味深い現象です。我以前也在思考這個問題,直到高二看了語文課本的彩色插圖《琵琶行》書法,看到「冰泉冷澀弦凝絕」那一句,就明白了:
這裡的「冰」寫作「氷」,和現代日語正好是一樣的。這裡的「澀」沒有用通常使用的「澀」,而是用了異體字「澁」。澁」在現代日語中簡化為「渋」。
正如@亜恵恵阿由 所說,日本新字體用到「&> &<」的地方一定是兩個相同部件被省略,正如同大陸簡化通常用兩個「又」代替相同的部件,比如 轟-轟-軣。
另外,附上這份書法的全圖,仔細看裡面好多在現代日語通行的漢字/簡化字(錯別字也不少-_-||),比如 関、畫,「繞」的右邊也寫作「尭」。
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